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【孤独死】いとこへの遺言、実録、相続問題でもめた半年、1

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社会
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遺言 ●●●●様
昨年の母の葬儀で大変お世話になりました。武君の涙に母も涙していたでしょう。両親が亡くなり、今の私は廃人のようです。毎日両親の思い出を振り返り、懐かしさに溺れています。自分の身勝手な人生に両親が苦しんできたことや、両親に逆らってばかりいたこと、なんの恩返しができなかったことの数々が脳裏によみがえり、そのたびに苦しくなります。身内の涙より他人の涙の方が、ありがたいと思います。それは、生前の母がどうのように生きていたかの証明でもあるからです。涙される母は本当に幸せ者です。

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私が、今生きていることへの感謝。この健康体を与えてくれた両親に感謝しかないのです。これから書くことはすべてが真実です。今年自分に遭った出来事、そして今後思うことが書かれてあります。長いのですが、ぜひ読んでみてください。これは私の遺言でもあります。つたない文で申し訳ありません。さて、2020年5月に実家は売却されました。これを知ったのが8月です。購入予定者と弟が立ち会ったのが2月でした。母が施設に入所している時期でした。2月3日に母は他界しました。この状況と経緯を説明していきます。

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100日祭という神道の行事がありますが、この日は納骨する日でした。当然私も100日祭に実家のお墓に行き、長男として、母の骨壺をお墓に収めました。この日は、母の兄弟と友人が来ていました。お墓に一番乗りした私は、実家の様子を見ました。相変わらずがらんとした蛻の殻でした。かつて6年前には、ここに両親が住んでいたという記憶がよみがえります。父が大切にしていた庭木がありました。家を覗くとなにもありませんでした。以前は、両親と部屋を駆け回る、パピオンのチェリー君が住んでいた。

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しかしもう誰もいない。そのまま放置され、激しい風雨にさらされていた。お墓に戻り、無事100日祭を終え納骨も済ませました。コロナの時期だったので、親戚はその場で解散となりました。足のない私は、マサコさんの車に同乗し、昼食を食べました。亡き母の想いで話をしたものです。それから8月になりました。お盆の8月お墓参りをしました。その際、実家にもちろん寄ったのですが、表札が変わっていました。大和田?庭がない?見慣れない1台の車?がありました。そして閉まっているはずの窓が開いていました??おかしい??

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???庭でウロウロしていると家の中から、自分より年配の男が現れ、自分を不審そうに見ています。事情のわからない自分は、挨拶しました。話してみると実家はすでに売られていて、支払い済みだと言います。私は唖然として何を言ったらいいか、頭の中が混乱していました。弟から何も聞いていなかった。なにも連絡がなかった。正直弟に騙された!?と思いました。怒りと悲しみがありました。混乱は会話の内容にも及び、関係ない人に「私はここに育ち、ここから●●小学校、中学校、高校に通っていた」など話していた。相手もどう反応していいものか?困惑していた。そんなこともお構いなしに1秒でもここにいたかった。

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話は戻り、5月の100日祭の時、弟が母の遺骨を小さなロケットに入れて私に渡しました。弟は母が好きだった、私は父が好きだった。父が亡くなった時、父の遺産を半分に分けずに、弟に私の倍渡していた。そのことを母に聞くと「私の勝手だ」と言われた。だから母と私は合わないし、私はそのことを根に持っていた。お盆の8月に実家に立ち寄った理由は、母が生活したこの場所に遺骨を撒くことだった。亡くなってから、母の遺体はこの実家に戻れなかった。というこの家に安置しておけばよかったのに、葬儀屋の小さな一室に閉じ込められたままだった。「あの時実家に遺体を戻しておけばよかった」と猛省しかない。母の半生は、この土地に嫁いでここに住んでいた。

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そう思うと気づかなかった自分が自責の念に捕らわれるのです。そこで8月のお盆に実家の庭に散骨しようと思っていたのです。正直にそのことを今の持ち主に話すと、血相を変えて断られた。断られて、酷く落ち込みました。弟に裏切られたという気持ち、母の遺骨を実家に散骨できない、という気持ちが整理できない心境でした。夕方、市内の墓地に立ち寄り、母の遺骨を重野家のお墓と、星野のおばさんのお墓、そしてお寺の隣の神社の木の根元に散骨しました。ここの散骨した理由は、この場所で母が生まれ育ち、兄弟で遊び、そして父とのデートの場所がこのお寺だったからです。母はこの白幡山に戻ってきたのです。その後、市役所の「いえいちば」というネットを掲載して、実家の物件を仲介した市役所内の部署に出向き説明を求めました。

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しかし担当者は、「すでに取引がすんだ物件に関しては、説明する義務はない」という回答で、個人情報だから閲覧できないという。ここで門前払いでした。次の日、実家の物件を取り扱った不動産屋に電話すると、5月の時点で取引が成立して入金済だという。これに唖然とさせられた。5月の100日祭で、弟夫婦に逢っているが、実家の話はまったくなかった。それまで普通だった弟夫婦の関係がもろく崩れ去る気持ちになった。ニコニコ笑っていた弟夫婦が自分を裏切り、自分を邪険にしたという事実を許すことができなかった。

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時間が経つと、弟への怒りと不満がさらに増した。「自分は長男なのに、勝手に自分の知らない間に売却された」本来は、自分が所有するはずだった実家が、弟が一人で勝手にやった。思い返せば、2月、母が入所している時、「実印を貸してくれ」と言っていた。相続の件とは知らずに、のんきに実印を貸してしまった。これが大間違いだった。弟は自分の実印を相続協議文書に勝手に使用した。当然、住所氏名は他人の字。なぜ?私に一言連絡をしなかったのか?弟はすべて自分の物として処理しようとしていた?それ以来、弟への不信感と憤りを毎日感じていた。それは言い知れぬ根深い怒りだった。

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自分の責任でもあるが、この件について弟にメールすると「後日話すつもりだった」と来ました。電話では話したくないので、すべてメールにしました。こちらのメールに対して、返答が2週間待ってやっと連絡が来たこともあり、まったく誠意のない態度でイライラしていました。8月からこちらから積極的に攻勢をかけました。しかし弟はメールの返答がやたら遅い。この間、弁護士に逢い、アドバイスをもらって弟との今後の話し合いをしていくことになりました。しびれを切らしていたところ突然来た。その内容は、「入退院にかかった費用、土地の測量、司法書士代金、今まで母にかかった費用も含めて、来年こちらで計算後に支払う」とするという内容でした。これに返答すると、「いくら必要ですか?」と来た。これに私はブチ切れました。どうして弟から財産を分けてもらうとか?どうしてその金額までも采配されるのか?自分勝手で身勝手過ぎるだろう?

【孤独死】いとこへの遺言、実録、相続問題でもめた半年、2

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